運賃法の昭和53年改正

さて、前回の流れとは異なるが、国有鉄道運賃法は、昭和53年にも改正をしており、第7条の2という条文規定が追加された。

第7条の2 営業キロは、運輸省令で定めるところにより、営業線の線路又は航路(以下「線路等」という。)における隣接する駅の区間ごとに、その距離を基礎として日本国有鉄道が定めるキロ数による。ただし、既設の線路等に接近し、又は並行して新設され、又は増設された線路等における隣接する駅の区間については、当該既設の線路等において相当する駅の区間がある場合には、その相当する駅の区間の距離を基礎として日本国有鉄道運輸大臣の承認を受けて定めるキロ数によることができる。

ここでは、営業キロの決め方につき、運輸省令により国鉄が定める、としている。これまではそのような規定はなかったので、国有鉄道運賃法の流れ(最初は法律で定めていたものがどんどん国鉄に任されていった)とは異なるものである。
規定をすること自体は、考えてみればもっともなことである。運賃を法律で決めようとしてキロ賃率(1キロあたり運賃)を規定したとしても、仮にキロ程のほうを国鉄が恣意で決められるとすれば、結局、事実上の値上げが可能になってしまうからである。そこで、キロ程についての決定基準を法律で示しておき、それに基づいて国鉄がキロ数を決めていけば、運賃も予測可能な範囲に落ち着く。
 
ではこの時期になぜこの規定を置いたのかといえば、東北・上越新幹線の建設中に、東海道新幹線の運賃について訴訟が起きていたのである。
東海道新幹線の運賃計算の基準となる営業キロを、並行する東海道線と合わせていたために、実際には新幹線のほうが走行距離が短いのに、東海道線のぶんの運賃を払っているのはおかしい、という訴訟である。地裁では国鉄が敗訴したが、高裁では取り消され、それが最高裁で確定した。高裁では「新幹線は在来線の線増であり、新幹線の運賃計算方法は裁量の範囲内なので、運賃法違反ではない」と判示された。

法改正の審議は、この裁判が地裁で審理している時点であったので、国鉄側は敗訴を予想しながらの立法だった。論点は、新幹線は在来線の線増かという点、そして、在来線のキロに合わせることが妥当かという点である。

 

まず新幹線の性質については、東海道・山陽新幹線国鉄法53条の認可に基づく線増であり、東北・上越新幹線全国新幹線鉄道整備法9条の認可に基づく新線である、という立場を国鉄は取る。

国鉄法第53条 左に掲げる事項は、運輸大臣の許可又は認可を受けなければならない。
 1号 鉄道新線の建設及び他の運輸事業の譲受

整備法第9条 建設主体は、前条の規定による指示により建設線の建設を行おうとするときは、整備計画に基づいて、路線名、工事の区間、工事方法その他運輸省令で定める事項を記載した建設線の工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする

しかし、東北・上越新幹線も、キロ計算上は並行する在来線と同じという扱いである。

○宮井委員 そこでお尋ねしますが、線増というのと新線との違いはどこにあるか、その点をお伺いします。
○山上政府委員 東海道新幹線あるいは山陽新幹線、これは先ほど来のお答えにもありましたけれども、東海道本線あるいは山陽本線といいます在来線の線路増設といたしまして、国鉄法の五十三条の規定に基づいて認可をいたしております。
 なお、話題になっておりました東北、上越の両新幹線、これにつきましては、御承知のように全国新幹線鉄道整備法の第九条に基づいた新規の別線であるというように法律的な性格は違いますが、しかし、在来線との間のいろいろな輸送効用、輸送機能というものは非常に似ている、このように思います。

おそらく、東海道新幹線東北新幹線は、建設する時点では性質(認可手続)が異なるが、営業の時点ではいずれも同じ性質となる、というものであろう。

 

次に、新幹線のキロを在来線に合わせることが妥当だというのが、国鉄の方針である。

○小此木議員 ただいま議題となりました国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案につきまして、提案理由を御説明申し上げます。
 日本国有鉄道の運賃計算の基礎となる営業キロについては、法文上の規定はありませんが、従来から営業線における駅間の距離によることを原則とし、既設の営業線に増設された場合には、既設の営業線の営業キロを適用するのが通例となっております。
 ところで、現在、全国新幹線鉄道整備法に基づき、新規路線として昭和五十五年度開業を目指し建設されている東北新幹線及び上越新幹線は、東北本線上越及び信越本線接近、並行して建設され、鉄道としての機能も東北本線及び上越信越本線と同じなので、駅間の距離に多少の相異はあっても、旅客の利便の確保及び鉄道事業の効率的運営の観点からいって、現在の東海道新幹線山陽新幹線と同様、既設の営業線の営業キロを適用することが望ましいと考えます。しかるに、現行運賃法では、両新幹線の営業キロをいかに定めるか明確でないため、営業キロの定め方について疑義が生ずるおそれがあります。かかる法の不備により種々問題が生じるおそれがあることが明らかになった場合には、速やかに法の整備を図ることが、立法機関である国会の本来の使命であると存じます。

○高木説明員 お尋ねを伺っておりますと、新幹線について在来線の距離によって運賃が計算されているのがいけない、むしろ新幹線は新幹線の距離によって計算してはどうかという御趣旨のようでございます。これは今回御提案になっております法案の問題とやや離れて、実質の問題として御議論のようでございますが、この点私どもも、最近の事情にかんがみまして、いろいろ研究をいたしてみましたけれども、どうも新幹線の運賃を在来線と離れて実キロで計算するという方式をとりますことは、業務の運営上からいいましても、旅客サービスからいいましても適当でないのではないか。今回こういう問題が起こりましたので、もう一遍いろいろ研究をしてみましたけれども、非常に多くのお客さんが途中下車をされるとか、あるいは途中まで新幹線であとは在来線をお使いになるとかいろいろな形がございます。
 現に、先ほどもお話がございましたように、東京から米原経由で北陸へ行かれる方やら、あるいは一遍京都まで出てから行かれる方やら、また、その途中で業務をなさる方、いろいろございまして、どうしてもやはりそれは合わせなくてはぐあいが悪い、合わせるということにしますと、たまたま新幹線を合わせるが、それは短い方に合わせるということにもししてしまいますと、新幹線沿いの地区はすべて今度は運賃計算上短くなってしまうという問題が出てきまして、どうもやはりうまくないのでございまして、ずいぶんああも考え、こうも考えましたが、私どもは、今後ともあくまで在来線の実距離を前提とするといいますか、どっちが長い、どっちが短いということと全く関係なく、在来線へ右へならえというルールを、この程度の距離の差の場合にはとらしていただきたい、そういうふうに考えております。

「いろいろ研究してみたら、在来線にそろえた方がよかった」という結論である。(高木説明員とは、当時の国鉄総裁の高木文雄
現在では、対応する在来線駅がない新幹線駅が多数(新富士など)あったり、新幹線と在来線で鉄道会社が異なったりするケースが多いので、在来線にそろえることがよいかどうかは疑問があるが、当時に実キロ基準を導入すると、訴訟との関係で問題となる(それまでの計算方法は違法だったことを認めることになりかねない)ことだったのだろう。