国道ネタ(4)

前回(id:ameni:20050927)のつづき。
大正道路法では、10条2号で「主として軍事の目的を有する路線」を国道とするという規定がありました。この規定は確かに合理的ではあります。つまり戦車や軍隊などが道路を使用するとなると改良や修繕にもそれなりに費用がかかる、でもって軍隊は国が保有する機関である、ならば軍事の目的を有する路線は国の管轄下に置いたほうがよい、というわけです。実際に、軍隊が頻繁に道路を使用するので市町村では管理の手におえない、という問題が国会に寄せられていました。
ここで、10条2号に関しての、道路法制定時の国会会議録を見てみます。

第41回帝国議会 衆議院道路法案委員会議録第2回(大正8年2月8日)
○磯部尚君 国道を御決めになります第10条の1号と2号と云ふものは、主として軍事の目的を有する路線と別に御規定になって居りますが第1号に、既定の路線以外に単に主として軍事の目的を有する路線と云ふものは沢山有るのでありますか無いのでありますか、唯々此所に区別して掲げられたのみであって、其実多くの適用を見ざる法文でないか【略】
○政府委員(池田宏君) 御答致しますが、第一の軍事の目的を有する路線は何であるかと云ふこと、即ち其範囲如何と云ふことに帰着すると思ひますが、此軍事の目的を主として有して居りますると云ふ路線等も分析して見ますれば、或は第1条の第1項に当るもの、若くは府県道の各号に当るもの、或は郡道の各号に当るものと云ふやうな風に、主として軍事の目的を有する路線以外の多くの路線であって、其目的を達する所の路線が事実上多々あるのであらうと思ひます。
さう云ふやうなことにしまして、他の路線を以て如何としても救済の出来ないもの、さう云ふやうなものであって、而してそれが軍事の目的を有って居る、軍事の為めにどうしても斯の如き道路を開設するの必要がある、敷設するの必要ありと云ふことになりますれば、それは第2号の所謂軍事の目的を有する路線として、認定を致して実行すると云ふ考であります。【略】
○磯部尚君 唯今の御答は、私の問に対する御答になって居らぬのであります。
第10条の2号が主として軍事の目的を有する路線と云ふもの、特に軍事を目的とする如き路線と云ふものは、事実にあるのですかどうですかと云ふことを御尋したのです。
実際に議論としてはさう云ふ場合もあり得るが、併ながら之を法律に特に掲げて置かれなければならぬと云ふ、軍事の目的を云ふやうなことで掲げなければならぬと云ふやうなものが、第1号以外にあるかと云ふ斯う云ふ御尋であります。
○政府委員(池田宏君) 御答致します。
是は主として軍事の目的を有する路線と申しまして、専ら軍事の目的を有する路線と申さなかったのであります。
今日に於て斯う云ふ路線は沢山在るのであります。現に各府県より統計を取って居りまするが、例へば練兵場、射的場、飛行場等に行く道の如き、或は師団司令部より分営に達する道路であって1号に含まぬやうなもの、斯う云ふやうなものは、大体府県道以下を利用して出来ますけれど、尚足らざる場合には、此本条第2号の道路として認定しやうと思ふのであります。さう云ふ実際の例は沢山あります。
【カタカナはひらがなに直し、読みやすい場所で改行し、適宜読点を句点に直しました。以下帝国議会会議録につき同様。】

「主として」軍事の目的を有する路線は「専ら」軍事の目的を有する路線ではない、でもってそういう路線は多くある、という政府側の答弁です。
ところが、大正9年4月の内務省告示の時点では、この10条2号によって指定された道路は見当たりません。
この点については、同会議録にて「其国道に二種類あります中で、主として軍事の目的を有する路線と云ふ国道に付ては、今度は補助を見込んでありませぬ」という説明があります。修繕等の費用の補助が50万円ほどと非常に少額なので、2号に該当する路線には補助をつけられず、そのために指定されなかったようです。
 
ところでこのとき、起点についても質疑がありました。「起点は東京市のどこに置くのか」という質問に対して、政府側が「日本橋に置くのだが、起点を法律に書くとその修正のときに国会の議決が必要になってしまう、だから命令に委ねた」と返答しています。
もともと里標については、明治6年12月20日太政官達によって規定されました。この達は、従来、街道の距離の計測が正確ではなかったために不具合があったとして、調査方法について「麻縄及鎖共使用に相充候時は必ず尺度を以て綿密に照査可致事」などと細かく指示したものです。ここで以下のような規定があります。

里程標の位置及記載の法
一 東京は日本橋京都は三条橋の中央を以て国内諸街道起程の元標となし大阪府及各県は其本庁所在地に於て四達枢要の場所へ木標を建て之を管内諸道起程の元標と可定事
 但東京京都両府は国内諸街道の元標を以て管内諸道の元標と可致事
【略】
一 前に掲る元標及標柱は大蔵省より達の日を待て可取建事
 但其迄の間は仮杭取建置可申事

これには図面が附記されており、台座の上に細長い四角柱が乗っている構造が描かれています。
さらに大正11年内務省令では、以下のような規定があります。

道路元標に関する件(大正11年8月18日内務省令第20号)
第1条 道路元標には石材其の他の耐久性材料を使用すべし
第2条 道路元標は別記様式に依るべし
第3条 道路元標は其の位置を表示する為道路に面し最近距離に於て路端に之を建設すべし
第4条 特別の事由ある場合に限り監督官庁の認可を得て前2条の規定に依らざることを得

別記様式には、25センチ×25センチ×高さ60センチの四角柱があります。この命令は後に(大正14年9月24日内務省令第15号)第4条の「監督官庁の認可を得て」が削除され、特別の事由があれば自由な様式で設置することができるようになったので、あってないような命令になってしまいました。
東京市に於ける道路元標の位置は日本橋の中央とす」と規定した大正8年道路法施行令が戦後に廃止され、道路元標についての規定は消滅してしまいましたが、それでもいくつかの道路元標は今も残っています。現在これらは、古い街道に残る里程標跡くらいの意味あいしかないのですが、ところが現在の東京の日本橋には「日本国道路元標」というものがあります。
これがよくわからなくて、まず「日本国道路元標」という文言の意味が不明です。東京と各地を結ぶ道路での、東京側の起点を示すものですから、「東京市道路元標」というのなら話はわかるのです。ですが、なぜ「日本国」なのでしょうか。国道の元標だからというのであれば、各地にある元標の多くも「日本国道路元標」だということになってしまいます。もしパリに「フランス国道路元標」があったり、モスクワに「ロシア国道路元標」があったりすれば妙でしょう。なんか、いかにも観光用場所だ、って感じがして。
また、これを設置する理由もわかりません。現行法上、道路元標を設置する必要はありません。そして東京市道路元標に代わって日本国道路元標が設置されたのは、現行法施行の後になってからです。この頃は、都電の多くが廃止になったり日本橋の真上に高速道路が建設されたりした時代ですから、「東京市」などといった後ろ向きなものがおそらくあまり好まれなかったのでしょう。
 
それはともかく、その後、大正9年12月の内務省告示第125号では軍事目的の国道が制定されました。これについての検討は次回にまわします。
さて、大正道路法制定後またしばらく大きな動きがなくなります。そもそも明治以降戦後まで、長距離輸送は一貫して鉄道が担っており、そのために道路の整備は後回しにされていました。さらに戦時中は、都市内においても道路の整備状況は悪いものでした。
戦後になってようやく道路網整備の動きが出始め、道路法も昭和27年に全面改正されました。

道路法(昭和27年6月10日法律第180号)
(道路の種類)
第4条 道路の種類は、左に掲げるものとする。
 1 一級国道
 2 二級国道
 3 都道府県道
 4 市町村道
一級国道の意義及びその路線の指定)
第5条1項 前条第1号の一級国道とは、国土を縦断し、横断し、又は循環して全国的な幹線道路網の枢要部分を構成し、且つ、都道府県庁所在地(北海道にあつては、支庁所在地。以下同じ。)その他政治・経済・文化上特に重要な都市を連絡する道路で、政令でその路線を指定したものをいう。
2項 前項の規定による政令においては、路線名、起点、終点、重要な経過地その他路線について必要な事項を明らかにしなければならない。
二級国道の意義及びその路線の指定)
第6条1項 第4条第2号の二級国道とは、一級国道とあわせて全国的な幹線道路網を構成し、且つ、左の各号の一に該当する道路で、政令でその路線を指定したものをいう。
 1 都道府県庁所在地及び人口10万以上の市(以下これらを「重要都市」という。)を相互に連絡する道路
 2 重要都市と一級国道とを連絡する道路
 3 港湾法(昭和25年法律第218号)第42条第2項に規定する特定重要港湾、同法附則第5項に規定する港湾又は建設大臣の指定する重要な飛行場若しくは国際観光上重要な地と一級国道とを連絡する道路
 4 二以上の市を連絡して一級国道に達する道路
2項 前条第2項の規定は、前項の場合について準用する。

これに対して、当時建設大臣であった田中角栄が、国道について説明しています。

第13回国会 衆議院建設委員会会議録第21回(昭和27年4月17日)
○田中(角)委員 ただいま議題となりました道路法案につきまして、提案の理由並びにその趣旨を簡単に御説明申し上げます。
 現行道路法は大正八年に制定されたまま現在に至るまで約三十年間、ほとんど改正らしい改正を加えられずにわが国の道路管理の基本法として続いて来たのでありますが、近代的な法律形態として不適当な幾多の点が明らかになりましたので、今回その全面的改正の要に迫られた次第でありまして、そのおもな点は次の通りであります。
 第一点といたしましては、わが国の現段階におきましては、国の幹線道路網中最も重要な部分を緊急に整備しなければならないので、現行法を改正し、これらの最重要道路を一級国道または二級国道として、国が積極的にその整備を推進する必要を生じたのであります。
 第四点として、一級国道の新設または改築に要する費用についての国の負担率を一定の場合において高めることとして、その整備を促進する必要を生じたのであります。
 【略】
 以上が道路法案改正の要点でありますが、この法律を施行するための経過措置並びに関係法令の一部改正を道路法施行法案として規定いたしました。以上で道路法案の提案理由の説明を終りますが、道路網の整備をはかり、もつて交通の発達に寄興し、公共の福祉を増進いたしますのには、ぜひこの法案が必要でありますので、何とぞ十分なる御審議の上、すみやかに御可決されんことをお願いいたす次第であります。
 次に道路法施行法案について簡単に申し上げます。改正道路法を施行するための経過措置及び関係法令の一部改正を規定したものであつて、経過措置としましては、現在の国道でその上に改正法の規定により一級国道二級国道都道府県道、または市町村道のいずれかの路線の指定または認定が行われないものは、新法施行の日に廃道となつたものと見なすこととし、現在府県道、市道または市町村道等でその上に改正法の規定により一級国道二級国道都道府県道または市町村道のいずれかの路線の指定または認定が行われないものは、新法施行の日において、それぞれ新法の規定により、路線の認定された都道府県道または市町村道と見なすこととして混乱を避けたのであります。しかしながら新法の規定する基準に合致しない都道府県道がいつまでも存在することは不適当でありますので、これらについては都道府県において善処すべきであり、必要がある場合には建設大臣が勧告を行うことも考えられるわけであります。以上をもつて両法案に対する提案の趣旨を御説明いたしました。

第13回国会 衆議院建設委員会会議録第22回(昭和27年4月22日)
○西村(英)委員 【略】
 それからこの法案で、従来の法律とは最もかわつたところでは、道路の種別について、二級国道というものを入れたわけであります。また現在の一級国道を拡充したいからという一つの要求がありまするが、一級国道を拡充いたしましても、なかなか財政が続きそうにないから、その府県道と一級国道との間の中間的なものを二級国道にした、こういうふうに大体考えられるのでありますが、一級国道は、現在の状態では約八千キロですか九千キロですか、そのくらいあるかと思いますが、二級国道を入れ、この道路の種別を変更したということによつて、一級国道の現在のキロ数をどういうふうに拡充して行くのか、二級国道の方に一部分移すのか、あるいはまた二級国道はこの法律によつてやれば全国どのくらいなキロ数になるのか、これは政府の方でもいいですが、一級国道から二級国道に移すものがあるのか、あるいは二級国道はそうではなしに、府県道から二級国道にしようとするのであるか、その辺のことを私は聞きたいのであります。
○田中(角)委員 お答えいたします。ただいまの御質問の要点は、本法の改正のうちの最も重要な問題の一つになつておるわけでありまして、この法律立案の趣旨が、わが国の道路整備ということにありますので、現在の国道から二級国道に転落をせしむるというのが本立法の趣旨ではありません。ただ現在国道として指定されておりますものは、御承知のように旧憲法下において旧憲法の思想によつて現行道路法の建前から指定せられたものでありまして、現在国道の総延長は九千三百キロ余りあるのでありますが、これが全部無条件に新法による一級国道編入せられるとは申し上げられないのでありますが、大体は現行法による国道は一級国道となる、こう考えてさしつかえがないと考えるわけであります。二級国道に対しましては、現在府県道の中で特に重要府県道から八千キロないし九千キロの二級国道を指定いたしたいという考えを持つておるわけであります。結論的に申し上げますと、一、二級合せますと、現在の国道の約八〇%ないし一〇〇%の全長におきまして指定せられる部分がふえる、こう考えるわけであります。

つまり、旧国道についてはそれをほぼすべて一級国道にして、重要な府県道を二級国道に指定する、というわけです。
そうなると、県庁所在地どうしを結ぶ道路のほかに、伊勢神宮ゆきの道路や港へ向かう道路なども旧国道ですから、一級国道に指定される、というわけです。しかし師団司令部所在地へ向かう道路はさすがに一級国道には指定されていないようです。
ところで、ウィキペディア一般国道http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%9B%BD%E9%81%93)では、

実際に港湾部などでは国道174号のように総距離が数百m程度しかない国道もあるが、これは国土交通省への走行経路届出が必要な大型コンテナトレーナーの届出を簡略化させる意味合いがある。

との記述がありますが、しかし174号が二級国道として指定されたのは昭和28年ですから、大型車両の走行経路とは関係がなさそうです。
ただ、今まで見てきたように、神戸港に向かう道路は明治18年に既に国道に指定されており、更に明治9年には港への一等国道の道幅が七間と定められているわけですから、かつては「港への国道は道幅が広い」というのを目指してはいたんですよね。