運賃と料金

鉄道用語の不思議

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鉄道用語の不思議 (朝日新書 88)

鉄道用語の不思議 (朝日新書 88)

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法令用語を参照しながら鉄道用語を解説している新書です。気になった点もあるのでいくつか。「運賃、料金」(234ページ)の項から。
まず、料金の話とは直接関係ありませんが、鉄道営業法から。

話は大きく逸れて恐縮だが、第十五条第二項に不思議な記述を発見した。「乗車券ヲ有スル者ハ列車中座席ノ存在スル場合ニ限リ乗車スルコトヲ得」だ。要するに、席が空いていないときは列車に乗ってはいけないらしい。となると、ラッシュ時間帯の通勤列車には乗車不可能だ。どうやら、これから説明する料金を支払えと言いたいらしいのだが、よく理解できない。

とあります。これについては以前(id:ameni:20061217)書いたとおり、この規定は文字通り「座席がない場合は乗車させない」というものだったので、特に料金とは関係がないと思います。
 
さて、運賃・料金については本書で以下のように説明しています。

鉄道営業法では運賃、料金とも正確な定義づけはなされていない。しかし、同法第十五条第一項を見ると、運賃が何を意味するのかを知ることは可能だ。引用すると、「旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス」である。

さて、料金という用語は鉄道営業法には登場しない。鉄道運輸規程でようやく現れる。最初に現れるのは第四条。「鉄道ハ停車場ニ運賃表、料金表、旅客列車(混合列車ヲ含ム以下同ジ)ノ時刻表其ノ他運輸上必要ナル諸表規則等ヲ備附クベシ」である。
これでは表面的なのでもう少し具体的なものをと探したが、第十一条の「鉄道ハ旅客ニ対シ運賃及料金ノ正算払ヲ請求スルコトヲ得」くらいしか見当たらない。

というわけで、なんだか歯切れが悪い説明です。ここは私が説明してみます。
筆者がここで挙げている鉄道運輸規程昭和17年(2月23日鉄道省令第3号)のものです。それ以前の鉄道運輸規程(明治33年8月10日逓信省令第36号)では第6条で「停車場ニハ旅客及貨物ノ運賃表、列車時刻表其ノ他運輸上必要ナル諸表規則等ヲ備置クヘシ」となっていました。昭和17年の全改まで、規程には「料金」の語は出ません。
では、昭和17年に至るまで運賃と料金の区別がなかったのかといえば、もちろんそんなことはありません。その名のとおりの「運賃及料金規程」には、きちんと区別があります。乗車の際に必要なのが運賃で、急行・特急・寝台を利用する際に必要なのが料金という区別です。

鉄道院旅客運賃及料金規程(大正7年6月13日鉄道院告示第38号)
第1章 運賃
第1条 旅客運賃ノ等級ハ左ノ如シ
 三等
 二等
 一等
第2条 鉄道ノ三等旅客院運賃ハ乗車哩程ヲ左ノ各級ニ区分シ之ヲ各賃率ニ乗シ合算シタルモノトス但シ二哩未満ノ乗車ニ就テハ二哩分ノ運賃ヲ収受ス
 五十哩以下ノ哩程  毎一哩 二銭
 五十哩ヲ超ユル哩程 同   一銭六厘
 【以下略】
 
第2章 料金
第10条 指定セル急行列車ニ乗車スル旅客ニ就テハ相当運賃ノ外急行料金ヲ収受ス
前項ノ列車ハ関係停車場ニ之ヲ掲示
第11条 前項ノ急行料金ハ左ノ如シ
 普通急行列車
 三等 七十五銭
 二等 一円五十銭
 一等 二円五十銭
【以下略】

さらに古くは、明治39年の告示があります。

急行列車券規程(明治39年4月2日逓信省告示第142号)
第1条 新橋神戸間ニ運転スル急行列車ニ乗車スルモノハ乗車券ノ外更ニ急行列車券ヲ購求スヘシ
第2条 急行列車券料金ハ左ノ如シ
【以下略】

急行列車に乗車する際に支払う対価を「料金」と呼んでいます。それ以前の官鉄では急行列車に特別な対価は不要でした。そうなると、急行料金は最初から「料金」だったわけです。でもって、明治33年には官鉄に急行料金という制度がなかったので、鉄道営業法鉄道運輸規程に「料金」の語がなかったのでしょう。
なお、著書では「料金とは付加価値に対して支払う対価を指す」としています。これは確かにそのとおりなのですが、しかしたとえば現在ではグリーン車に支払う対価は「料金」ですが等級制であった頃は二等「運賃」でした。また、バスなどでは「急行運賃」もあります。料金には「運賃に追加で支払う」という感覚があり、何を運賃とするかによって「料金」の概念も変わるのでしょう。