阪和連絡線

先日、所用のためにレンタカーを借りて西へ向かったので、そのついでに阪和連絡線の状態を調べてみました。阪和連絡線は現在休止線になっていて、列車は走行していません。踏切には不法投棄防止のためにフェンスが設置されているということだったので、私も調べてみました。安物ケイタイに付属しているカメラ機能ですから、かなり写りが悪く、また早朝の撮影なので妙にまぶしかったり影が長かったりしますが、そのあたりはご容赦を。


確かに、踏切の両脇にはフェンスが張られ、遮断機竿が撤去されていました。全ての踏切を確かめましたが、同様の処置がとられていました。

下高野橋北部東側からは、真夏だけに雑草が生い茂っていて、どこに線路があるのかが少しわかりにくい状態でした。全線にわたって、路盤が撤去されたり線路がはがされたりした様子はないようですが、この場所でみるとちょっとした変化があるようです。お気づきでしょうか。
ちょっと近くに寄ってみます。

架線が撤去されているのです。
もはや電車は走行できません。架線柱が残っているので再度の架設は容易ではあるのですが、運転再開への道は遠そうです。

西側からも、架線の撤去が確認できます。架線撤去は、加美駅付近の関西本線連絡口あたりでもみられました。

長居公園通り高架橋の南側歩道からながめてみました。この下に見える踏切にもちょっとした変化があります。

踏切の列車車輪通過部分がアスファルトで埋められています。地下鉄駅の近くであり、歩行者・自転車の通行量が多いからでしょうか。しかしこうなると、再度列車を通すためには踏切を作り直す必要があるので、工事は大掛かりになってしまいそうです。

同じ高架橋から北に向かって。ここよりさらに北へ進むと、新しくできたとみられる道がありました。踏切設備も撤去跡もなく、古い地図では描かれていない道なので、おそらく休線後に開通した道なのでしょう。そうすると、路線再開する意思があれば踏切にするところですが、しかしもっと豪快な方法で道を通していました。

上にそのままアスファルトを盛っています。

これで完全に線路は使えなくなってしまっています。いよいよ再開は困難なようです。

関西本線との接続部分。わかりにくいですが、電車が走っている手前のフェンスのさらに手前の砂利部分が連絡線です。線路と架線が撤去されていました。奥の高架は建設中の大阪外環状線。これをみると、やっぱり外環状線と阪和連絡線の接続は難しいです。
 
というわけでかなり荒れ放題だったのですが、しかしよく考えてみると、このまま正式に廃止されるならもちろんのこと、仮に大阪外環状線の一部となるにしても、現在の線路がそのまま使用されるわけではなく高架化や枕木改良などがあるはずです。また、西側はスーパー堤防計画の関係で、何らかの工事がおこなわれるはずです。となると、いずれにせよ現在の線路は撤去されるわけです。
そもそもこの路線は、貨物輸送量もそれほど多いわけではなく*1天王寺に連絡線がある今、無理に阪和連絡線を残す必要があるとも思えません。旅客化するにしても、地下鉄の計画区間と若干重複する(今里筋線延伸・敷津長吉線)うえに環状線にはそれほどのメリットがあるわけでもありません。というわけで、本命は廃止ののちに遊歩道、対抗は第三セクター化して市あたりが路線を継承、そして大穴は、南海が買い取って新車輸送線を兼ねた旅客化。もちろんこの場合には我孫子前か浅香山まで延伸します。でもって京都あたりから高野山ゆきの特急が走る、というわけです。最近の新車輸送の際に、新車にわざわざ「祝・高野山世界遺産指定」と書いていたのは、このための首都圏へのアピールだったのでしょう。

*1:東急車輌から南海電鉄への甲種輸送がありますが。