経度基準としての子午線

前回(id:ameni:20070527)につづいて、経度の定義です。
地球が完全な球体(あるいは楕円体)ならばそれほど問題なく経緯を計算できるのですが、そうでもないので、日本の基準点からの緯度・経度を定義する必要があります。
 
東京都港区麻布台に日本経緯度原点という金属標があります。これは日本国道路元標のようなモニュメント的なものではなく、法的根拠があるものです。この場所は東経139度44分28秒8759、北緯35度39分29秒1572ですから、かなり中途半端なのですが、かつての文部省所轄の天文台の跡地です。つまり、この金属標を基準として測量し、その基準点は世界測地系による国際基準では半端な数値になってしまう、というものです。

測量法(昭和24年法律第188号)【現行】
(測量の基準)第11条 基本測量及び公共測量は、次に掲げる測量の基準に従つて行わなければならない。
1 位置は、地理学的経緯度及び平均海面からの高さで表示する。ただし、場合により、直角座標及び平均海面からの高さ、極座標及び平均海面からの高さ又は地心直交座標で表示することができる。
2 距離及び面積は、第3項に規定する回転楕円体の表面上の値で表示する。
3 測量の原点は、日本経緯度原点及び日本水準原点とする。ただし、離島の測量その他特別の事情がある場合において、国土地理院の長の承認を得たときは、この限りでない。
4 前号の日本経緯度原点及び日本水準原点の地点及び原点数値は、政令で定める。
2  前項第1号の地理学的経緯度は、世界測地系に従つて測定しなければならない。
3  前項の「世界測地系」とは、地球を次に掲げる要件を満たす扁平な回転楕円体であると想定して行う地理学的経緯度の測定に関する測量の基準をいう。
1 その長半径及び扁平率が、地理学的経緯度の測定に関する国際的な決定に基づき政令で定める値であるものであること。
2 その中心が、地球の重心と一致するものであること。
3 その短軸が、地球の自転軸と一致するものであること。

測量法施行令(昭和24年政令第322号)【現行】
日本経緯度原点及び日本水準原点)第2条 法第11条第1項第4号に規定する日本経緯度原点の地点及び原点数値は、次のとおりとする。
1 地点 東京都港区麻布台二丁目十八番一地内日本経緯度原点金属標の十字の交点
2 原点数値 次に掲げる値
イ 経度 東経百三十九度四十四分二十八秒八七五九
ロ 緯度 北緯三十五度三十九分二十九秒一五七二
ハ 原点方位角 三十二度二十分四十四秒七五六(前号の地点において真北を基準として右回りに測定した茨城県つくば市北郷一番地内つくば超長基線電波干渉計観測点金属標の十字の交点の方位角)
2 法第11条第1項第4号に規定する日本水準原点の地点及び原点数値は、次のとおりとする。
1 地点 東京都千代田区永田町一丁目一番地内水準点標石の水晶板の零分画線の中点
2 原点数値 東京湾平均海面上二十四・四一四〇メートル
(長半径及び扁平率)第2条の2 法第11条第3項第1号の政令で定める値は、次のとおりとする。
1 長半径 六百三十七万八千百三十七メートル
2 扁平率 二百九十八・二五七二二二一〇一分の一

測量のための経緯度原点は日本経緯度原点である、とされています。現行法の公布当時も、地球の長半径とへん平率が政令ではなく法律で規定されている点(と若干数値が異なる点)以外は、ほぼ現行どおりです。
それ以前の陸地測量標条例(明治23年法律第23号)は、陸軍による測量法規ですが、そこではこのような規定は見当たりません。
 
この地に経緯度原点を定めたのは明治25年です。陸軍(陸地測量部)が東京天文台(麻布)子午環を原点としました。明治19年にはグリニッジを本初子午線とする勅令出ていましたから、すでにこの時点で経緯度原点は、経緯度0度を示す点ではなく、測量基準でした。
それ以前については、内務省や陸海軍などの測量主体がいろいろと原点を決めていました。内務省(地理局)は明治15年江戸城天守台跡を原点とし(内務省令)、明治19年には天文台子午環を測量原点とする告示を出しました。もともと、明治4年に、天文台(溜池葵町=現在の虎ノ門)が工部省(観測課)により設置され、それが内務省に引き継がれたものがはじまりです。ですから、当時の地図の一部には、基準線(経線中度)がこの天文台を通っているのです。ただそれ以前の経線中度が京都を通っていたのは、三条に測量基準があるというよりは、土御門(天文権威)への配慮があったから、というのが通説のようです*1
旧法令・告示などは次回に。
 
以下、資料なので折りたたみ。

第5回国会 参議院建設委員会会議録 第11号(昭和24年5月9日)

○証人(坪井忠二君)
それから第十一条でございますが、第十一条「基本測量」云々これは先程ちよつと申上げましたベッセルの楕円体を使う云々ということでございますが、第五は「経緯度原点及び日本水準原点の地点及び原点数値は、政令で定める」ということでこの方は政令になつておる。ところが第一、第二の方は法律に入つてしまうことでありまして、実は私はよく分りませんけれども何故に前の方が法律の中に入り、後の方が政令に入るかということがちよつと分り兼ねるのであります。規定は結構でありますけれども、その規定は法律の中で規定さるべきものであるか、政令の中で規定さるべきものであるかということについては、何故に原点の方が政令で、ベッセルの楕円体を使うということが法律の中に入るのであるかということでちよつと不思議に思いました。そこでこれは私政令とか、法律とかいうことがよく分らないから申すのかも知れませんが、或はべッセルの楕円体を使う云々という数値その他のことは、第五にあります原点と同じく同格に政令の方に入つた方が、或いは適当であるのではないかというような感じを持つたのであります。
 それからこれは大変細かいことで恐縮でございますけれども、第十一条の一のところの「偏平率」というのが書いてございますが、これはつまり地球がどのくらい球から離れておつて平べつたいかという程度を表す数でありますが、「偏平率」の偏の代りに「イ」のない扁、率の代りに度「扁平度」と言つた方が、むしろ学校などにおいては使われておる言葉でありまして、法律の方で「扁平率」ということになりますと、今までの学問の方で使つておる言葉と変つて來ますので、或いは今までのしきたりとして測量方面では恐らく「偏平率」という言葉を使つておられたかと思うのでありますけれども、この際でありますから、「扁平度」、「イ」のない「扁」にいたしまして、「率」の代りに「度」となることを、これは希望の意を申したわけであります。
○北条秀一君
只今坪井さんの有益な証言があつたのでありますが、その点につきまして二、三質問をさして頂きたいのであります。それは御指摘になりました第十一条の問題でありますが、第十一条の第一号、第二号、第三号は、私はこれを法律で決めることがいいと思うのであります。ところが第四号、第五号、ここに問題があります。これは先程坪井さんが指摘されましたが、経緯度原点、水準原点と、その原点数値というものは、そうしばしば変更されるべきものじやないというように私は考えますので、こういうものは当然政令で定めるというようなものじやなしに、法律で定めるべきものだと考えます。この経緯度原点及び原点数値というものは絶えず動くものなんですか、その点について坪井さんの御意見を聞きます。
○坪井証人
絶えず動くというつまり一種の約束でございまして、例えば現在日本の経緯度原点というのは、東京麻布の旧天文台にあります一等三角点が東経なにがし、北緯なにがしというふうに非常に詳しく決つている、これを日本の原点として使うという、いわば約束でございます。ところがその後の研究によつていろいろ変つて来るわけでございます。昔の測定に誤差があつたとか、或いはそれを決めるために使つた星の位置がどうであつたとか、もつとこの頃のことを申しますと大変専門的になりまして恐縮でございますが、天体を覗くのに水準儀を使います。つまり真下、真上という方向を標準にするわけでありますが、東京の地面の下に例えば重い物がありますと、鋭直線がこちらに引かれておるというようなことがあとになつて発見されまして、実は原点の値というものが修正すべきものであるというようなことになることもなくはないのであります。併しその原点を修正して、現在あるすべての何千とあります三角点の値を全部計算し直すということは、これは又大変なことなんであります。実はそうであるけれども我々使つておるのだというふうに、約束で決つておることが大事なんであります。本当はこうだというようなことは、つまり我々が知つておればよろしいことであります。そう原点というものの約束をしばしば変えたら大変なことになる。でこの認めておるその約束が、実は少しまずい約束であつたのだということを、我々が承知しておればよろしいわけでありまして、これが本当に発賣される皆が使う地図に影響の非常に及ぶ程の改正というものは、そうしばしばあるわけではないのですね。我々が議論するところは非常に細かいところでありまして、今使つておる値が例えば〇・〇〇……秒のその秒の桁が少し怪しいとか、そこを多くしたらよかろうというような現在もそういう議論がございます。併しそうだからといつて、日本の地図の骨格を全部一々変えなければならないということになりますと、これは別の問題でございまして、非常に大変なことになります。

○北条秀一君
もう一つ坪井先生にお尋ねしておきたいのは先日新聞を見ますと、東京都が六百メートルずれたということがありましたが、こういう場合には原点に何らかの影響を来すというようなことはないのですか。
○坪井証人
これは実は非常な問題でございます。でその六百メートルずれたというのは、一体どういう意味であるかということが大問題なのでございます。で、つまり東京都の原点の位置が北緯何度、東経いくらであるということを決めますのには星を使います。ところが先程ちよつと申上げましたように星を見るためには、望遠鏡にアルコールの水準器を附けなければならない。水準器の泡が真中であるということは一体何が決めるかというと、例えば先程もちよつと申上げましたように地面の下に重いものがあるとすると、元来ならば下げ錘りの鉛直線がこちらに向いておる筈でありますが、こちらに重いものがあるから鉛直線がこちらに引かれます。その鉛直線を基準として星を狙つたのではそういう状況の場所が出て來ない。ところがいずくんぞ知らん、アメリカから本当の物差を当てて測つて見ますと、物差で測るということは星に関係がない。つまりそんなことは到底できませんので、陸地に物差を当てて測つて来ればよろしいわけでありますが、それは鉛直線が曲つていようが、曲つていまいが同じ答えが出るのであります。物差を当てて測つてアメリカと日本の距離というものと、それから日本で独立して鉛直線にリファーして星を頼りにして決めた東京の位置が六百メートル違らだろうかということなのでございます。そこで問題は日本のそれは原点というものをアメリカから繋いだその位置にとるべきかということになりますと、今度はアメリカの原点というものが一体何から決つておるかということになるわけです。これが結局アメリカから日本を通り、シベリアを通り、ヨーロッパを通り、大西洋を通り、世界中を蔽う三角測量ができない限り、星を決めるのに鉛直線を頼りにしないという方法が出て来ない限り、これは当分見込のないことであります。現に東京の原点という値を決めましても、東京から青森までの距離を実際の物差を当てて測つた距離と、東京で星を狙い青森で星を狙いそれから勘定した値と、それから数百メートル違うのであります。でありますから一体どういうものの約束の上に立つた地図であるということを基底とすることが大事なのでありまして、それが間違いじやありませんが、こういう条件、こういう条件といろいろ条件を含んでいるのだということを了解した上で使うのが、これが本当の使い方なわけであります。そここまで一般の利用者は知りませんから、つまりそういう過程を隠してしまつて、これを本当のものだ、真実なものだと思つているのであります。先程海が上つたか、陸が下つたかという話も全く同樣であります。こう考えればこう、こう考えればこうと、どこに基準を置くべきか、絶対の基準は或いは世界中の観測陣が全部一緒になつた暁でないとできない。それまでは約束をして仮の真実だと思つてやつているわけであります。併しその真実にはこれだけのアロワンスがあるのだという了解の下に使わなければならない。従つて先程御質問の東京の位置が数百メートルずれるということは、大問題でありますが、併しどちらを使うべきか、果して六百メートルという値が世界中から見て本当にそれがいいのかということになりますと、本当の答えを出すのは遠い将来であります。つまり科学的に本当ということが、こういう立場に立てばこれが本当、こういう立場に立てばこれが本当ということでありまして、例えば東京の位置がこれこれであるということは、そういう立場では本当であります。六百メートルずれたということもそういう立場では本当であります。立場の相違、何を一体東京の位置かという定義から、かからなければならないことになります。ああいう六百メートルずれるというようなことが分つたからといつて、これは日本の地図の勘定を全部やり直さなければならんということはまだないと思いますし、又それをやるということになると何十年かかつて三角地図をしつかり計算し直すということで、到底耐えられないことであり、尚且つ実際問題を響いて来るわけではないのであります。

○北条秀一君
同じく第十一条の第五号、経緯度原点及び水準原点の地点及び原点数値は政令で定めるというのですが、政令でなしに法律で定むべきものと思うのですが、政府の見解如何。
○政府委員(武藤勝彦君) これは実は初めて私共の方では法律へ入れたらと考えたのであります。併しながら原点の値は地震とか、いろいろの地変によりまして、來ることがございます。その場合に法律にして置きますと、それを改正するのに相当手続が厄介じやないか、実はそういつたような極く簡易な気持で以て政令にしたらということにしたのであります。現在三宅坂にあります水準原点も、あれは関東大地震の前には二四・五〇に多分なつておつたと思います。それが地震のために四六ミリ低下いたしまして、現在では二四・五〇から四六ミリを引いた数になつております。そういた工合に地変がありますと変る虞れがありますので、それで法律の中に入れるのはどうかと考えたのであります。

*1:ですから、前回書いたように、これをもって明治4年に本初子午線が東京へ移ったとするのは疑問です。