時刻決定

前回(id:ameni:20070522)のつづき。

文部・内務系統

明治政府が天文観測・時刻決定のために開成学校(のちの東京大学)に天文台を設置しましたが、この業務は、内務省管轄であった一時期を除いて文部省の管轄でした。

天象観測及暦書調製ノ件 (明治21年勅令第81号)
天象観測及暦書調製ハ自今文部大臣ヲシテ之ヲ管理セシム

時刻の管轄に関する法令は、東京天文台官制が最初です。

東京天文台官制(大正10年勅令第450号)
第1条 東京帝国大学ニ東京天文台ヲ附置ス
第2条 東京天文台天文学ニ関スル事項ヲ攻究シ天象観測、暦書編製、時ノ測定、報時及時計ノ検定ニ関スル事務ヲ掌ル

なお、中野文庫・東京天文台官制(http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rt10-450.htm)では、

第二条 東京天文台天文学ニ関スル事項ヲ攻究シ天象観測、時ノ測定、報時及時計ノ検定ニ関スル事務ヲ掌ル

この勅令は、大正10年11月24日に公布され、即日施行された。上掲のものは、大正11年勅令第231号による改正前の制定時の条文である。

となっていますが、第2条には制定時から「暦書編製」の文言が規定されています。官報や御署名原本(国立公文書館所蔵)を確認してみてください。
 
さて、時刻管理については、東京天文台官制を引き継ぐ国立学校設置法に規定されることになりました。

国立学校設置法(昭和24年法律第150号)
(附置の研究所)第4条 国立大学に、左表の通り、研究所を附置する。
東京大学 東京天文台 東京都 天文学に関する事項の攻究並びに天象観測、暦書編製、時の測定、報時及び時計の検定に関する事務

これが昭和30年法律第44号で改正されました。

国立学校設置法(昭和30年改正後)
(附置の研究所)第4条 国立大学に、左表の通り、研究所を附置する。
東京大学 東京天文台 東京都 天文学に関する事項の研究及び天象観測並びに暦書編製、中央標準時の決定及び現示並びに時計の検定に関する事務

ここではじめて、東京天文台で扱う「時」が中央標準時であることが明示されました。こののち、東京天文台国立天文台へ、また東京大学附置から大学共同利用機関へ、さらに自然科学研究機構へと改編され、現在に至っています。また、国立天文台の事務に関する規定は政令へ移されました。

国立学校設置法施行令(昭和59年政令第230号)
第6条 大学における学術研究の発展に資するための法第九条の二に定める大学共同利用機関(以下単に「大学共同利用機関」という。)として、次の表の上欄に掲げる機関を置き、当該機関の目的は、それぞれ同表の下欄に定めるとおりとする。
国立天文台 天文学及びこれに関連する分野の研究、天象観測並びに暦書編製、中央標準時の決定及び現示並びに時計の検定に関する事務

この規定を根拠法令として、国立天文台は暦を作成し、時刻を決定しています。現在は「天文台」ではありながら、天文観測のみではなくセシウム原子時計を使用して計時を行っています。

天文保時室国立天文台

日常使っている時刻のもとになる中央標準時を決定し、現実の信号として示す(現示)ことを、法律に基づいて行っています。国家事業としての日本の標準時の決定、報時に関する事業を遂行し、また、この分野における日本の代表機関の一つとして国際的責任を果たしています。国立天文台では、世界時を決めるための国際地球回転観測事業にVLBI解析センターとして参加、貢献する一方で、原子時計群の運転とGPS衛星を利用した高精度国際時計比較を行って、国際原子時の作成に寄与しています。

逓信・郵政系統

一方、標準時に関する現行法令としては、総務省の標準時通報業務があります。電波に関する事項は、逓信省〜郵政省〜総務省の管轄でした。無線局の周波数規制と同時に、電波によって標準時を発信するという業務が、戦後すぐに規定されました。

電気通信省設置法(昭和23年法律第245号)
電気通信省の権限)第5条 電気通信省は、この法律に規定する所掌事務を遂行するため、左に掲げる権限を有する。
27 周波数標準値を定め、標準電波を発射し、及び標準時を放送すること。

なお、これについて、標準時・周波数標準のQ&A日本標準時プロジェクト

Q 「日本標準時」について定めた法令はある?
日本標準時について定めた法令はあるのですか。あれば、その名称を教えて下さい。
A 日本における「標準時」に関する法令は、十分に整理されていないのが現状です。法令として表されているものは、「中央標準時」が明治28年の勅令台167号で、東経135度の子午線の時と定められています。
 「標準時」については、昭和23年からの郵政省設置法で現れます(その前の逓信省設置法時代からあったものと思われます)が、定義については示されていません。
 「日本標準時」という名称は、法令上は現れません。

とあり、およそはその通りなのですが、昭和23年の時点で現れているのは電気通信省設置法です。これが郵政省に統合されて郵政省設置法にて規定されるのは昭和27年(法律第279号)です。
でもって、それ以前の逓信省の時代には「設置法」という名称ではなく官制によっていたのですが、逓信省官制(昭和21年勅令第343号)にも電気通信研究所官制(制定時は電気試験所官制)(大正7年勅令第219号)にも、「標準時」に関する業務についての文言は見当たりません。標準電波による規定については、昭和19年の官制改正の時点で現れます。

通信院官制(昭和18年勅令第831号)(昭和19年勅令第203号による改正後)
第8条ノ2 電波局ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
三 標準電波並ニ標準電波施設ノ建設及保存ニ関スル事項

ところが、ここがよくわからないところなのですが、標準電波の発信じたいは、昭和10年〜15年ごろにすでに行われているのです。
資料室 標準電波/周波数標準/標準時 年表日本標準時プロジェクト
をみると、

昭2.11 逓信省、各逓信局無線検査官の使用する波長計較正用標準電波の発射を、岩槻受信所(埼玉県)から遠隔操作された、東京逓信局検見川送信所(千葉県)より非公式に開始。
昭15.1.30(1940) 主周波数標準器を岩槻受信所に置き、搬送周波数4,7,9,13 MHz、変調周波数1kHz、出力各5kW、周波数確度1×10-6で、東京都市逓信局検見川送信所(千葉県)より、標準電波を正式に発射開始。

となっていますが、逓信省は当時、何を根拠法令としてこの業務を行っていたのでしょうか。ただ、この計画には陸軍や海軍も関与しており、逓信省電務局(その後は電波局に移管)は所轄官庁でありながら電波送信については陸軍省兵務局に届出をしています。検見川からの送信につき、陸軍に対して、支障がないかどうかをうかがっているのです。そうすると、軍も電波関係の関与機関だということになりそうですが、軍機にかかわることになるので詳細は法令として規定されにくい、というところなのでしょうか。
 
さて、郵政省設置法による規定のあとは、情報通信研究機構がその業務を行うこととなり、現行法に至ります。

独立行政法人情報通信研究機構法(平成11年法律第162号)
(業務の範囲)第14条 機構は、第4条の目的を達成するため、次の業務を行う。
3 周波数標準値を設定し、標準電波を発射し、及び標準時を通報すること。

ところで、ここでいう「標準時」というのは、東京天文台が決定する中央標準時とどのような関係になるのでしょうか。
さきの年表によると、戦前・終戦直後には「東京天文台に近い小金井」に水晶発振器を設置しており(現在も機構が小金井にある)、また東京天文台の制御により報時をおこなっていたようです。
 
その後も、昭和37年には告示により

郵政省設置法の規定に基づいて発射する標準電波の周波数については、郵政省電波研究所の原子周波数標準器により、通報する標準時については東京天文台の決定する中央標準時により、それぞれ偏差を算出し、これを郵政省電波研究所において公表する

としており、天文台が決定した標準時を電波研究所が発信するという分担の仕組みになっていました。電波研究所で原子時計が設置されて標準時の生成に寄与するようになり、また東京天文台の時刻決定機能が三鷹から水沢に移管されておのおの独自に原子時計を運営して、その平均値を原子時とするようになると、もはやこの分担の仕組みは維持されていません。しかし、設置法での規定は、旧規定の文言をそのまま使っています。
 
なお、時間を定義する計量法通産省管轄であったため、産業技術総合研究所計量標準総合センターも世界時生成に関与しています(http://www.nmij.jp/kenkyu/standardsfield/time_length.html)。
ややこしいですが、しかし原子時計は民間でも設置・使用されているわけで、その目的ごとに複数の行政法人が管理すること自体は、不都合というわけではありません。