学校教育での天文学の扱い

塾講師の話題がでたついでに。
学習指導要領については、「ゆとり教育」「学力低下」などのキーワードを用いられて多くの議論が積み重ねられました。ここでは、理科の中でもとりわけ「実生活に役に立たない」ものと思われる天文分野について、その学習内容をみていくこととし、よりよい学習内容について考察してみます。
なお、理科は体系を重んじる分野であり、ひとくちに天文分野といっても隣接分野、とりわけ地質学・気象学・物理学との境界は明瞭ではないのですが、とりあえずここでは、「地球外における自然現象」に限らず「太陽をふくむ天体を対象とする分野」をひろく天文学と定義します。具体的には、「日なたと日かげの温度の違い」「潮の満ち引き」を含み、「太陽エネルギーの利用」「太陽の年周運動による地球気象の変化」などは除きます。
 
以前、教育課程審議会*1三浦朱門氏が、「妻は2次方程式が解けなくてもいままで日常生活に不便はなかった」と発言し、それに対して岡部恒治氏が「2次方程式の解法によってものごとの本質を知ることができる」という反論をしたことがありました。この議論の正否はともかく、日常生活に不便はなく、理解するのが複雑である分野は、授業時間に限りがある以上は低学年での学習範囲から削除されるのは仕方がないです。とすると、収穫時期を知る必要があった昔はともかくとして、現代では天文学を知らなくても日常生活に不便はありません。シャーロック・ホームズだって天文学の知識はほぼ皆無でした。先日、「天動説を信じている子どもの割合が高く・・・」なんていう調査結果が出たらしいですが、太陽と地球のどちらがどちらのまわりを回っているのかなんていうことなど、一般の人が知る必要なんてないわけです。第一、「地球が太陽のまわりを回っている」というのも間違っているわけです*2。しかも、算数で立体図形について詳細に学んでいない時点(小学校中学年)では、天体の日周・年周運動は理解に困難が伴うので、この分野をバッサリ削除しても(他の分野よりは)支障はないのかも知れません。

(1)小学校での学習内容

■太陽と影
太陽が時間によって動き、それにより日かげも動くことなどを学習します。「日なたは日かげよりも暖かい」という知識はここで得られます。
現行課程(平成10年12月14日文部省告示第175号)と旧課程(平成元年3月15日文部省告示第24号)は、この分野を3年生で学びます。旧々課程(昭和52年7月23日文部省告示第155号)は、この分野を1〜2年生の両方で学びます。 太陽と影は、もともと、「花」「雨」「石」などと同様に子どもにとって非常に身近なものですから、これらと同じく1年生の理科で学ぶ内容でした。生活科が導入された後でも、理科の最初の学年で学習するという点に変わりはありません。
 
■太陽と月の動き
太陽の日周運動・年周運動、月の満ち欠けや月面の様子などを学習します。
この分野は、現行課程は4年生で学び、旧課程は5年生で学びます。ただしその内容については相違があります。現行課程では、太陽の日周運動は3年生で学びますが、旧課程ではこの内容は4年生で学びます。また、現行課程では、月面の様子は削除されています。さらに、太陽の年周運動については、現行課程と旧課程は中学校で学びます。
旧々課程では、太陽の日周運動と月は4年生で、年周運動は6年生で学びます。
 
■星の動き
星の明るさ、動きについて学習します。
この分野は、現行課程は4年生で、旧課程は6年生で、旧々課程は5年生で学びます。運動の様子の程度や、扱う星座の数については、現行課程ではかなり絞られています。
 
■指導要領についての検討
太陽と影については、それ自体非常に身近なものであるだけでなく、気象分野の学習の基礎となることもありますから、できるだけ早く学習するほうがよいと思います。一方で、天体の運動については、立体図形の運動についての抽象的な考察を要することもあって、あまり早期に学習する必要はないでしょう。また、現行では小学4年の次は中学3年まで天文分野を学習しないことになって間隔が開く、という不具合もあります。太陽の日周運動(「東から昇る」という程度)はともかくとして、天体については高学年で扱うことにしたほうがよいと思います。
 
■学習に際して
とはいうものの、この分野(に限らず理数系科目全般にいえることなのですが)では、教科書の範囲を表面的に広く浅く学ぼうとすると、かえってわかりにくかったりします。とくに日周運動・年周運動は、理屈さえ知れば(それが難しいのですが)、「南極における太陽の運動」でも「天王星(地軸が公転面の垂線から98度傾いている)から見た太陽の運動」でも求めることができます。教科書よりも一段深いもの、たとえば左巻検定外教科書シリーズあたりを何度も読み込んで、仕組みを覚えるとよいでしょう。
 
■受験に際して
中学入試では、上位校ではほぼ中学の全範囲までが出題されています。「南半球や極地での日周・年周運動」「外惑星の見え方」のような、範囲外の知識も出題されており、非常にレベルの高い受験準備が必要になる分野です。特に日の出・日の入り、天体運動と角度の計算、金星の見え方、日食・月食あたりがポイントで、上位校だと予習シリーズ程度の知識では対応できません。

*1:たぶん

*2:万有引力の法則からすると、両物体が相互に力を及ぼし合っているから、両者が共通重心のまわりを約365日で回っていることになります。(ただし地球と太陽との共通重心は太陽内部に存在するから、その限りで「地球が太陽のまわりを回っている」というのは間違いではないです)