キログラム原器とアンペア定義(3)

前回(id:ameni:20051109)のつづき。
計量法(昭和26年法律第207号)は制定以後、何度も改正を重ねてきました。
ここでは、単位の定義に関して重要な改正をいくつかみてみます。
 
尺貫法を採用していた明治24年からずっと、長さ・質量の単位の定義には、国際原器を用いていました。これに対して、長さについての法律上の定義を変更したのが、昭和36年改正です。

計量法(昭和26年法律第207号)【制定時、第3条1号】
(基本単位及び現示)
第3条 長さ、質量、時間及び温度の計量単位は、左の通りとする。
 1 長さの計量単位は、メートルとする。
   メートルは、温度〇度における国際メートル原器でメートルとして示される長さとし、メートル条約によつて日本国に交付されたメートル原器で現示する。

計量法計量法等の一部を改正する法律(昭和36年4月10日法律第62号)による改正後の法、第3条1号〜2号、第4条】
(基本単位及び現示)
第3条 長さ、質量、時間及び温度の計量単位は、左の通りとする。
 1 長さの計量単位は、メートルとする。
   メートルは、クリプトン八六の原子の準位2p10と5d5との間の遷移に対応する光の真空の下における波長の一、六五〇、七六三・七三倍に等しい長さとし、国際度量衡総会の採決に従い政令で定める方法により現示する。
 2 質量の計量単位は、キログラムとする。
   キログラムは、国際キログラム原器の質量とし、メートル条約によつて日本国に交付されたキログラム原器で現示する。
 
(原器及び副原器の保管)
第4条 前条第2号のキログラム原器及びそれにより製造したキログラム副原器は、通商産業大臣が保管する。

国際度量衡総会での決議により日本学術会議からの答申があり、それに従った法律変更です。原器による定義から物理現象を基準とする定義に変更し、あわせて日本にあるメートル原器を保管する義務を削除しました。
この改正について多くの議論が重ねられましたが、メートルの定義に関しての興味深い論点は以下の点です。
・メートルの定義の変更についての説明
・現示方法
・メートル原器の扱い
・学術的な定義を法律に反映させる意味

これらのそれぞれについて、国会審議をみてゆきます。

メートルの定義の変更についての説明

人工物を基準とする定義から、物理現象を基準とする定義へと変更され、これにより、500万分の1の精度であったのが1億分の1の精度に向上する、しかしその一方で長さそれ自体の変更はない、という説明です。

第38回国会 衆議院商工委員会第18号昭和36年3月28日)
○椎名国務大臣 本日ここに御審議を願います計量法等の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由を御説明申し上げます。
 あらためて申し述べるまでもなく、計量単位は、学術産業等の基礎になるものでありますので、普遍的なものであるとともにでき得る限り正確であることが要求されます。このため、わが国は、明治十八年にメートル条約に加盟して以来、同条約により定められる国際的な計量単位すなわちメートル法によりわが国における計量単位に普遍性と正確さを与えるよう努めて参りました。
 しかし、現今の目ざましい科学技術の発達によって従来の計量単位の定義ではその正確さが不十分になり、昨秋パリにおいて開催されました第十一回の国際度量衡総会でメートル等につきより正確な定義が採択され、新しい国際的な計量単位の定義が確立されました。
【略】
 この法律案の内容につきましては、御審議のつど詳細に御説明申し上げたいと存じますが、その概略を申し上げますれば、第一は、長さの計量単位であるメートルの定義を、現在のメートル原器による定義から、光の波長による定義に改めることであります。

詳細に関して、通産省重工業局長の佐橋滋氏が以下のように説明しています。

第38回国会 衆議院商工委員会第21号昭和36年4月4日)
○佐橋政府委員 従来のメートルの定義は、御承知のようにフランスに白金イリジウムで作りましたメートル原器というものがあるわけでありまして、各国はその親原器を写して一国に一つずつの原器を持っております。今度の改正と申しますのは、その従来のメートル原器というものはいかに精巧なものでありましても、人工のものでありますので、長い年月の間には材質その他の変化も考えられ、あるいは破損の危険もあるわけでありまして、今度そのメートル原器を廃止いたしまして、光の波長で一メートルというものを定義しようというふうに変わったわけであります。この光の波長によってメートルを定義するということは、その装置さえ持てば世界じゅういかなるところでも、いかなる時期にでも一メートルという長さが現出できるわけであります。
 ただいま先生が簡単にわかりやすくということでありますが、光の波長と申しましても、光は色その他によってそれぞれ波長が違うわけでありまして、特定の光をまずきめたわけであります。それがクリプトン八六の原子から発する光、これはダイダイ色の光でありまして、この光を、ある一定の装置の中で刺激を与えますと、発するわけでありまして、だいだい色のわかりやすい光でありますが、この光をプリズムで取り出しまして、それを光の干渉という現象を用いまして、ガラスを何枚か合わしたのに投射させることによって、しまが出るわけでありまして、そのしまをはかっていわゆるクリプトン八六の原子、その場合に発する光でも、正確に言いますと、法案に書いてありますように、2p10から5d5の間の遷移に対応するということがありますが、御承知のように、原子は原子核のまわりを電子が回っておるわけでありますが、これは一定の軌道の上を回るわけでありまして、むやみやたらに勝手に回っておるわけではありませんので、刺激を与えますと、電子が一つの軌跡からもう一つの軌跡に移る。そのある特定の軌跡を、そこに法律でうたってあるわけでありますが、そこで発する光を、今言いましたような光の干渉の現象を利用いたしまして波長をはかる。その百六十五万七百六十三・七三倍というものが一メートル、こういうふうに定義づけられたわけであります。

第38回国会 参議院商工委員会第3号昭和36年2月14日)
○政府委員(佐橋滋君) 第一番目の計量単位の定義の点について簡単に御説明を申し上げますと、現在メートルの定義が御承知のようにフランスにメートル原器がありまして、それを各国が写してきて、各国一本ずつ原器を持っておりまして、それによってそれが一メートルの長さということになっておるわけであります。これは材質は白金イリジュームで作ったものでありますが、何せ人工的なものでありますので、長い時間の間には材質の変化もあり、あるいは場合によると破損の危険もあるわけであります。今度昨年の度量衡総会において決議になりましたのは、そういったメートル原器、人工的な原器でなくて、光の波長で一メートルというものを定義しようということになったのであります。非常にまあむずかしい文句でありますが、この方法によりますと、従来メートル原器でやっておりました誤差の範囲が、従来は五百万分の一の精度でありましたのが、これでやりますと、一億分の一というような精度までの計量が可能だ、こういうことになっておるわけであります。この条文を申し上げますと、非常に学術的でむずかしいのでありますが、「クリプトン八六の原子の準位2P10と5d5との間の遷移に対応する光の真空の下における波長の一、六五〇、七六三・七三倍に等しい長さとし、国際度量衡総会の採決に従い政令で定める方法により現示する。」と、こういう非常にむずかしい定義になったわけであります。これはまあ特殊の原子から発します光をとらえまして、そのある倍数で一メートルというものを定義しようということになったわけでありまして、昨今のように科学技術の進歩が著しくて、宇宙時代というような場合には、こういった精度を要求されるという点で度量衡総会において決定になったのを各国と同じように日本においても計量法の定義に置きかえようと、こういうことであります。

メートル原器の扱い

計量器具の製作に際して具体的な指標物が必要であるという点などを考慮して、従来のメートル原器はひきつづき通産省が保管することになりました。

第38回国会 参議院商工委員会第8号昭和36年3月16日)
○牛田寛君 メートル原器の問題が出ているようでございますが、実際私たちの普通の生活では、どのような原器をどのような精度に作ったかということは直接関連がないわけでございます。しかしわれわれの生活のいろいろな計量の一番基礎になるものは原器であると思いますので、この際メートル原器を今までの国際度量衡原器から新しく光の波長に変えるという意義ですね、原器を新しく変えるということ。それから原器それ自体もわれわれの生活の中にどういう意義を持っているか、その点をもう少し具体的に御説明を願いたいと思います。
○政府委員(佐橋滋君) メートル原器といいますのは、現在までの定義で言いますと、フランスにあります白金イリジュウムで作った原器、これが親原器でありましてそれを各国が写してきてそれぞれ一つずつ保管いたしているわけであります。日本におきましては、中央計量検定所がこれを保管いたしております。原器というのは、私もほんとうの原器は見たことがありませんが、X字型になったある長さがあるのであります。その中の両側に三本目盛りがありまして、その真ん中の目盛りの中間から中間までの長さが一メートル、こういうふうに表示されているわけであります。ところが目盛りをつければ当然目盛りには一定の、どんな細い線を引きましても幅があるわけでありまして、その幅の中間から中間までを一メートルということになっておったわけであります。これはまあだからフランスにあります親原器から写す場合にも、その通りに全く同じにとるということは、どうしてもできないわけであります。若干ずつの誤差が出てくる。これがまあ五百万分の一の誤差と言っているわけでありまして、光の波長ではかりますれば、それが一億分の一の精度までの長さを現示できる、こういうことでありまして、日本の場合はそれをそこで写してきました原器に照らしまして、さらにそれからいわゆる副原器式なものを各都府県が持っておりまして、それによって、今度はまた長さ計を作るメーカーができ上がった製品をはかってもらって、その精度を確認した上で一般に売り出す、こういうことになっておりまして、何段も計器が、何といいますか、を通って、われわれが使用する長さ計、ものさしが手に入るわけであります。これはまあこういった原器から比べれば、非常に精度の悪いものであるわけですが、それでわれわれの日常生活は十分に用が足りているわけです。で、今後も、その光の波長で一メートルの長さを定義いたしました場合でも、この現在の原器というものは非常に精度の高い原器として残るわけであります。
○椿繁夫君 この定義の、メートルの定義の変更に伴いまして、パリにあるという国際的な権威のある原器――この間も見せていただきましたが、日本のメートル原器ですね、こういうものは、この基準の変更に伴いましてちょっと権威のないものになるわけですね、そうしますと。その五百万分の一の誤差がこの原器によってはもうあるのだということを、今度国際度量衡総会なり、わが国においては法律の改正によってきめるわけですから、このパリのメートル原器も、今大臣が保管義務を持っている日本の原器も、今度は権威のないものになるわけですか、これはどうでしょうか。
○政府委員(佐橋滋君) 現在までの計量法では、その原器で現示するものが一メートルということになっているわけでありまして、今度まあ波長によって一メートルという長さを現示する、こういうことになりますと、今、椿先生が言われましたように、確かに権威がないといいますか、この法律に基づく一メートルというものは原器によるのだという根拠がなくなるわけでありますので、まあ言って見れば、従来のような法的にも確認された権威のあるという意味はまあなくなるわけでありますが、しかし、まあ先ほども説明しましたように、一メートルを現実に目で見まして正確さを期する長さ計としてはきわめて精度の高いものでありますので、これはその意味において意味がある。法律的には、何といいますか、メートルがそれに依拠するという意味での意味はなくなるわけでありますので、多少その意味において、あるものがなくなると言われれば言われることになりますが、しかし今申しましたように、最も正確な一つのメートルを現わす基準器としての存在価値は十分ある、こういうふうに考えております。
○椿繁夫君 どうもただいまの説明を聞いておりますとなんですが、この法律によって五百万分の一の誤差が、国際原器でも日本で保管しておる原器でも、誤差があるのだということを確定する、さらにこの改正案を見ますと、日本にある原器の保管義務を通産大臣が持っておりますが、これも削除されているのですね、今回の改正で。いよいよ原器の権威というものを私は国家意思としてなくしてしまうようなことになると思うのですが、原器の大臣の保管義務が削除されると、今後どういう取り扱いをこれはしていく御方針でしようか。
○政府委員(佐橋滋君) ただいまの御質問のように、計量法からはこれを削除いたしますが、これは今後物品管理法に基づきまして、通産大臣が責任をもって保管するということになると、こういうふうに考えております。
○椿繁夫君 物品管理法によって通産大臣が新たに保管義務を持つ、こういうことになるのですか。
○政府委員(佐橋滋君) その通りであります。

第38回国会 参議院商工委員会第9号昭和36年3月23日)
○牛田寛君 従来の国際メートル原器のような形の原器と違いまして、光の波長が基準になる場合には、それを比較する今お話のありました干渉計の精度というものは、実用上には非常に大切になってくると思います。光の波長が幾ら正確だとこういいましても、実際にそれと比較する方法を持たなければ、ちょうどめくらが手さぐりしておるようなものでありまして、比較の機械の精度というものは大切です。もちろん今のお話で一億分の一の精度が保証されるということでありますが、そうなりますと、その機械の精度を保証する、あるいは保証するための一つの保管義務というものが必要になるのじゃないかと、こう考えるわけなんです。今までは通産大臣が原器に対する保管義務を負っておられます。その保管の義務がなくなる、そういうことでありますが、今度はそういうふうな比較の精度に対する保証の義務というものをお持ちになる必要はないか、そういうふうに考えるのでありますが、その点についてお伺いしたいと思います。
○説明員(玉野光男君) 特に法律におきましてそういうふうなものを持たねばならぬということをおきめいただきませんでも、通産省あるいは工業技術院の設置法におきまして、中央計量検定所においてすべて計量の標準を維持する、あるいは確立することが任務であるというふうに定められておりますので、その任務の一端としてただいまのことを当然やっていけばよろしいのではないかというふうに考えております。
○牛田寛君 その点ですね。今までのメートル原器と、それからメートル原器にかわる標準の波長を出す光源と、それから比較測定の機械と、この関係が変わってきたわけでありますね。それで今までは原器について保管の責任を持っておったけれども、今度の光の波長をもとにする一つの基準体系というものに対しては、一体どこでその具体的な精度を保証するかということに、われわれしろうととしてはちょっと懸念を持つのでありますが、もちろん通産大臣としての精度の保証の義務がある。これは当然であると思いますが、計量法の立場から、あるいは長さの基準を確保するという立場から、やはりそういう責任を持つ必要はあるのではないかとも考えられますが、長さの基準というものに対する一つの基本的な考え方の上から、今度のような場合にはそういう必要はないということをもう少し詳しく御説明願いたい。ちょっと質問が回りくどくなりますが。
○説明員(玉野光男君) 私は特に法律等でその装置を持つ義務を課すようにしていただかなくても、当然それはやるべき仕事としてやり得るというふうに考えますが、それともう一つは、たとえば何を持たなければならないかということを規定しなければなりませんが、もし規定された場合には、今後どんどん進歩しなければなりません、改善をしていかなければなりませんが、その方法が法律によって規定されることによって、ほんとうはもっといい装置があるのだけれども、法律できめられているのがこの装置だからというようなことも場合によっては起こり得るのではないか、そういうふうな意味から原器を規定いたしますのと、それから装置を規定するのとは多少ニュアンスが違う面がありはしないか、そういうふうな見解からも将来の発展、改良ということを考慮いたしますと、きめていただかない方がむしろ実際的ではないだろうかと、かように考えます。

現示方法

現示方法の詳細については政令に委任しています。国際度量衡会議で決議された現示方法を、そのまま採用するという旨が説明されています。

第38回国会 参議院商工委員会第9号昭和36年3月23日)
○牛田寛君 このたびの計量法の改正案でございますが、改正の趣旨がこれまでの御説明だとあまりはっきりしないようなんであります。それは私どもが御説明の中で印象を受ける点は、国際会議で決定されたことだから改正するというような趣旨が強く印象づけられておりまして、計量の基本単位の定義とか基準とかというものに関する一つの考え方というものがあまりはっきりされておらない。これは非常に難解な点もあると思いますが、この点をもう少し私どもにわかりやすく説明していただきたいと思うわけであります。そういう立場から二、三の点についてお伺いをしたいと思います。
 まず、長さの定義の改正でございますが、光の波長を長さの定義として採用するということになりまして、クリプトン八六の出すある一定の光をその基準にする、こういうことでございますが、その定義それ自体というものは、実際の長さの基準にはならないと思うのです。たとえば今まで使っておりました国際メートル原器が長さの基準になっている。それは実際に金属の棒でありまして、それに線が刻んである。御承知のように、その線と線の間という一つの物質的な基準があったわけでございます。ところが、今度の光の波長の定義というものそれ自体は、この長さだという現物がないわけであります。われわれが実際にその長さの定義から基準を作って、それをもとにして長さの量というものを基本にするということであれば、必ず長さの基準を表わす物質的なものがなければならないと、こう考えるわけであります。今度の場合には一体どういうものが長さの基準に当たるかということについて御説明を願いたいと思います。
○政府委員(佐橋滋君) 牛田先生の御質問でございますが、この前国際度量衡総会の決定に従うんだという点を強調した、こういうお話でありますが、まさにその点はその通りでありますが、まあ文化、学術、科学が非常に進歩するにつれまして、いろいろの計量の単位というものの正確さを期する必要がありますので、その意味で現在の定義よりもさらに正確度を期し得る方法が発見されれば、それに従う方がより計量の単位としては的確であろう、こういうことを考えているわけであります。ただいまの御質問で、従来メートル原器があって、メートルの長さというものが現示されているわけでございますが、今度の場合には光の波長ではかるということで、はっきりしないんじゃないかと、こういう仰せでございますが、従来のは人工の原器でありまして、これは長年の間にはいろいろ変化もし、あるいは破損されるというようなこともあるわけでありますが、今度の場合も決して物がないわけではありませんので、必ずこういう方法で、政令できめます方法によれば、その長さというものが現示できるのであります。自然現象で一つの長さを現示するというふうに変えるわけであります。メートル法の定義自身が非常に難解でありますが、ある一定の原子を取り出しまして、その原子から発生する光、これはある状態で必ずどこででも現示できるわけでございまして、その長さの何倍という形で一メートルの長さを定義づけようと、こういうふうにしておるわけでございますので、決して物質的にその長さを現示するものがない、こういうことはないと考えております。
○牛田寛君 それで、今お話がありました、いつどこでも物質的に現示できるということでありますが、この定義にあります「クリプトン八六の原子の準位2p10と5d5との間の遷移に対応する光の真空の下における波長」、この波長は、いつどこでも現示するわけにはいかないと思います。必ず何かの物質的な具体的な方法をとらなければならない。それは一体どういう方法か、こういうことをお伺いします。
○政府委員(佐橋滋君) 非常に難解なあれでありますが、これは一定の装置を持てば、現示ができるわけでありまして、現在は中検でその設備が完了しておるわけでありまして、中検に備えてある設備で、この「クリプトン八六の原子の準位2P10と5d5との間との遷移に対応する光の真空の下における波長」というものをはかり得ることになっております。これはそういう設備をどこへ作っても、同じようにこの波長が出てくるわけでありまして、その波長をはかれば、一メートルという長さが現示できるということになるわけであります。
○牛田寛君 私はただいまお話のあるその設備を直接拝見しておりませんし、具体的にこまかい点も承知していないわけでありますから、非常にしろうと考えの質問になると思うのですが、われわれが概念的に考えておりますのは、クリプトン八六を何か真空中のチューブの中に封じ込んで、電流を流すというような方法で光を出させる、こういうふうに考えておるわけです。大体そんなふうなものと考えておりますが、そういうふうなやはり人工的な方法で光を出す、こういうことになりますと、まず問題になるのは、クリプトン八六の同位元素の純度というようなものも問題になるかもしれませんし、それからその中の真空度というようなことも問題になるかもしれませんし、それから電流の強さの影響もあると思うのですが、結局それが出す光の波長その他に影響を及ぼしはしないか、そういうことになるわけです。そうしますと、定義と、それから人工的に作った装置との間の関係、人工的に作った装置であれば、必ず理想的な定義とはズレがあると考えなければなりません。それからもう一つは、そのような、電流を流すとか、あるいは真空度とか、そういういろいろな条件が、必ず光の波長に影響してくることになれば、これは一定不変なものとはいえなくなるわけでございます。その辺をどういうふうに保証されるのかということをお伺いするわけです。
○政府委員(佐橋滋君) 法律には非常に難解な定義を下しまして、これを現示する方法は国際度量衡総会の採決に従って、政令で定めるということになっておりまして、先生の御質問の点でありますが、クリップトン八六を入れます放電管の内径とか、あるいは管壁の厚さとか、あるいはこれに流します電流の強さとか、あるいは放電管の周囲の温度とかいうようなものを政令できめまして、こういう状態で、この装置で現示すれば、正確に光が出るということは、政令で定めることになっております。
○牛田寛君 そうしますと、法律で定められた定義のほかに、具体的な基準としては、その正確度を保証する幾つかの条件というものは政令で定める、こういうふうに承知してよろしいですか。
○政府委員(佐橋滋君) その通りであります。
○牛田寛君 そうしますと、結局具体的の基準というものは、人工的に作ったものでありますから、その精度というものは、やはり技術の進歩によって変わってくる。それから世界中どこででもその製造条件が一定というわけにいきません。技術の相違もございます。ですから、一応政令で定めるとか、あるいは国際協定で定めるとかいたしましても、具体的な品物そのものにはいろいろと違いが出てくるのじゃないか、こういうふうに考えるのですが、その点はいかがでしょうか。
○政府委員(佐橋滋君) 国際度量衝総会で、こういう現示の方法を、現実に出す方法につきまして専門家の間でいろいろ検討の結果、これならいけるというのが全部きまっておるわけでありまして、それを政令でうたって、その方法によって現示しよう、こういうことでありますので、方法の規定が正確に行なわれれば、この法律で規定したような波長というものが現示できる、こういうふうにわれわれ考えておるわけであります。
○牛田寛君 こまかい技術的の問題はともかくといたしまして、重要な長さの基準であれば、やはりその精度というものが問題になってくるわけであります。先ほどから今度の法改正は基準の精度を上げたということを申されておりますが、従ってその基準が、いわゆる製造法も含めてどの程度の精度、長さの再現性と申しますか、いつどこで作っても、これだけの誤差の範囲内にはまるという数字的の保証というものは実際に出ているでありましょうか。
○政府委員(佐橋滋君) この前の御説明で申し上げましたように、現在の度量衡原器ではかりました場合には、一メートルを現示する前に大体五百万分の一の精度しか得られないのが、今後の波長による現示の方法によりますと、一億分の一以内の誤差で一メートルの長さが現示できる、こういうふうに実験上なっているわけであります。
○牛田寛君 私が伺いますのは、光源の精度、光の基準の精度、光の基準であるランプのようなものの製造法とか、それから原子の純度とか、そういうふうな条件の誤差がどの程度に出てくるか、今までこのような製造範囲でおさまったという一つの数字的なデータが得られているのだろうか、こういう質問なんであります。
○政府委員(佐橋滋君) 私も専門家でありませんので、あまり詳しい説明はできませんので、あとで中検の玉野所長に御答弁願うことになると思いますが、原子自身は、御承知のようにクリプトン八六というのは、いわゆる原子自身が何といいますか、原子核の周囲に一定の軌道を描いております電子とからできておりまして、この原子核はこれまたさらに陽子とそれから中性子からできておって、原子自身の性質というものは陽子の数によってきまることになっておりまして、このクリプトン八六というのは、陽子が三十六ある原子であります。その中性子の数は若干変わるものがありますが、これは同位元素といって、たとえば四十八中性子があるものあるいは五十中性子があるものというふうに一定のものしかないわけでありまして、ここで取り上げておりますクリプトン八六というのは、陽子が三十六と、それから中性子が五十というある一定の原子を取り上げておりまして、これはこれ以外のものはないといいますか、これを取り上げております。で、純度の問題はない、こういうふうに私どもは考えておるわけであります。
○牛田寛君 今のお答えはちょっと私納得できない点があるんですが、もちろん原子の御説明はその通りであると思いますが、その定義に基づいた光を出す具体的な方法は、いわゆる先ほど申しましたいろいろな条件に影響されるのじゃないかと思います。ですから、今局長がおっしゃいましたような定義通りの理想的な光の波長が具体化されるということが考えられないのですか。
○政府委員(佐橋滋君) 中検の所長に答えさしていただきたいと思います。
○説明員(玉野光男君) 私から今の御質問に対してお答え申し上げたいと思います。
 今御質問で、純度が問題ではないかというお話しもございましたが、その点についてまず申し上げたいと思いますが、確かに純度がクリプトン八六という同位元素が、分けましても必ずしも一〇〇パーセントの純度というわけには参りません。従いまして、純度につきましても、国際度量衡総会におきまして純度を規定いたしまして、九九%以上のクリプトン八六を含んでいるものであるというふうにきわめておりまして、そのきめ方によりますれば、先ほど重工業局長がおっしゃいましたように、ほかの条件が適当であるならば、一億分の一の再現性が得られるということでございます。なお、純度のほかにも電流の強さ、真空度というようなものにつきましても影響がございまして、そういうふうなことにつきましても、すべて実験的に研究が進められまして、こういうふうな方法であるならば、一億分の一の精度は間違いなく再現ができるのだという条件がはっきりとわかっておりますので、その条件を取り込めまして、今度の政令できめますものを作る予定でございます。
○牛田寛君 次に、ただいまのお話しで、長さの基準としての光の波長を再現する方法については了解できたわけでありますが、その次は、その光の波長をほかの品物、たとえば標準尺のようなものと比較する方法でございますが、その比較する方法の間にまたいろいろと誤差が起こってくるのじゃないかと思いますが、その比較する方法は、どういう方法というよりは、どういう機械を使っているか、それからその機械の正確度というのはどの程度保証される見通しをお持ちになっているか、それをお伺したいと思います。
○説明員(玉野光男君) 確かに光の波長をもとにいたしまして長さをきめます場合には、光の干渉という現象を使って定めるわけでございまして、従いまして、長さとの関係を求めますときは、何らかの形において干渉計を利用するわけでございます。現在新らしい定義に基づきまして、ものさしをそれならば光の干渉によってどういうふうに実現していくかということが問題になるわけでございますが、これにつきましては、日本におきましても、中央計量検定所によってすでに前から研究いたしておりまして、ものさしを光の波長をもとにして直接目定するということが可能になっておりまして、それによりまして得られます精度は、やはり一徳分の一に近い精度で再現ができるということでございます。

学術的な定義を法律に反映させる意味

ある意味でもっともな意見なのですが、メートルの定義が変わっても日常生活に差し支えはまったくないわけで、そのようなもので法律が変更になるということに意味があるのか、という問題提起です。

第38回国会 参議院商工委員会第8号昭和36年3月16日)
○椿繁夫君 御説明を伺いますと、メートル原器によると、たとえば長さの場合、五百万分の一の誤差で、今度の改正案のように光の波長を基準としてはかると、同じ一メートルでも一億分の一の誤差で済むという話なんですが、これは確かに宇宙科学とか月のロケットを打ち上げる場合の測定とかいうような場合には大きい影響があるかもしれませんけれども、計量法本来の目的である国民生活あるいは社会生活の安定を期するという計量の安全とかということについては、なかなか縁の遠い話のように私どもうかがえるのですが、国際度量衡総会ですか、そこでそういう決議が行なわれたので、国際的に基準を統一する必要上本法の改正を必要とする、こういう御説明なんですがね、ただそれだけでございますか。国際度量衡総会の決議があるから基準統一のために本法の改正を必要とする、こういうことでございますか。
○政府委員(佐橋滋君) 日本はもう数十年前からメートル条約に加盟しておりまして、国際度量衡総会というのは数年置きに行なわれるわけでありますが、ここで専門家が寄りまして、メートルというものの定義を順次より正確を期するために議論されるわけでありまして、ここへ加盟しておりますと、決議に従うのが道議上も当然でありますのと同時に、そこできまったから従うというばかりでなく、われわれの日常生活といいましても、われわれが今言いましたように、ものさしとかあるいは看貫を使うということばかりでなくて、いわゆる産業面その他におきましても最近はいろいろの機械の精度も非常に上がりまして、長さあたりでもミクロン単位で正確さを期すというようなことになっておりますので、計量単位の正確さをより増すという方向が打ち出された場合には、それに従うのが社会生活あるいは産業政策もろもろの面からいって適当ではないか、こういうふうに考えておるわけであります。
○椿繁夫君 どうも私ざっくばらんに申し上げるのですが、誤差の大小を問題にし、それを使用するのは、一部の学者それからそれに類する関係者の間でこれは事足りるんじゃないか、わざわざその法律を改正して、実際にこれを長さにせよ温度にせよ、またそういうものを変えることによって、実際は、これは何でしょう、国内では証明をいたします場合でも何の場合でも、これにはずれると罰則規定があるのでございましょう。ただ輸出の際とか何とかに当分の間大目に見るという何はございますけれども、この罰則規定までついている法律を、一部の先生方の学問的な得心のためにわざわざ法律を改正する、実際の社会生活の上では、それほどの必要がないという御説明を聞きますと、どうもこれがなかなか了解ができぬのですが、もう少し得心のできるような御説明をいただけませんかね。
○政府委員(佐橋滋君) 先ほども御説明申し上げましたように、定義が変わりましても、長さ自身が変わるわけではないわけでありまして、この計量法というのが一切の計量関係の基本的な法律でありますので、ここで定義は、非常にこういうふうにむずかしい定義方法になったわけでございますが、われわれの一般国民生活については、長さが変わるわけではありませんし、従来のものさしが不要になったりどうということではありませんので、たとえば現在竹尺のものさしを売り出します場合でも、その竹尺が正確であるかどうかというのを期するためには、基準器で検査を各都道府県でやっているわけでありますが、その基準器自身も変わるわけじゃなくて、その基準器も基準器自身が正確さを期するために、さらに中央検定所の保管いたしております度量衡の長さの原器ではかっている、こういう数段を経てわれわれの使用いたしますものさしあたりは手に入るわけでございまして、この定義が変わったということでは何にも影響がありませんので、先ほど申しましたように、計量法自身が基本法である、計量の正確さを期して、それを内外に示す指針であるという意味において定義はできるだけ正確なのがいい、こういうふうに考えてやっているわけであります。