キログラム原器とアンペア定義(1)

先日(id:ameni:20051103)「少し詳しく書く」といったので、そのつづきを書きます。
質量などの単位が統一されていなかったり、不正確な秤が流通したりすると、流通経済の上で不都合なので(偽秤の製造は重く処罰されました)、政府の主導によって単位制度が整備されました。
まず、度量衡についての国内統一や国際化を果たすための一環として、政府は明治8年に度量衡取締条例を公布します。

度量衡取締条例並検査規則種類表等明治8年8月5日太政官達第135号)
今般度量衡取締条例並検査規則種類表等別紙の通相定候条便宜の場所見計ひ製作所売捌所を設け従来の弊害を除き候様厚く注意施行可致此旨相達候事
 
度量衡取締条例
第1条1項 度量衡三器 権衡は棹秤天秤並分銅相属して三器の一とす 向後製作の儀は各地方に於て製作所毎器ケ所つつ製作請負人毎器一人宛と相定め其の管庁に於て身元人物相当の者相撰み新に可申付事
 
第5条 度量衡原器の儀は各原器二た通りつつ大蔵省より各管庁へ配達候条一と通りは其管下製作請負人へ下渡し向後各器製作の規範と致させ一と通りは其の管庁に備置各器検査の照準といたすへき事
右度量衡原器に附属の器械並各器の検査印章及度量衡製作順序番号印等是亦大蔵省より配達候事
【カタカナをひらがなに直し、旧漢字を改めました。以下同じ】

長さや質量の基準となる原器を製作してそれを大蔵省が保管し、その複製を、各府県ごとに1つの業者に配布する、という方針が採られました。これにより、度量衡基準が統一されることになります。
 
その後、明治19年に日本がメートル条約(締結は明治9年)に加入しました。

明治八年(西暦千八百七十五年)仏蘭西国巴里府に於て独逸国外十六箇国の間に締結せるメートル条約訳文明治19年4月16日勅令無号)
第1条 締約諸国は共同の費用を以て度量衡万国中央局を設立維持し巴里府に之を常置して以て学術上の事を司とらしむへし
 
第6条 度量衡万国中央局は左の事務を担任すへし
 第一 新製メートル及キログランム原器の比較監査に関する事
 第二 万国原器の保存
 第三 定期を以て各国模製原器を万国原器及其模製品と比較し且各国標準寒暖計を相比較する事
 第四 新製原器を以て各国及ひ学術上に於て使用する所の度量衡原器にしてメートル法に基かさるものに比較する事
 第五 測地用の尺度をメートル原器に照準して之を比較する事
 第六 政府学士協会美術家又は学士の嘱託に応し諸原器及確正尺度を比較監査する事
 
第8条 メートル及キログランム万国原器及其模製品は中央局内に保存し之に接近するを得るは独り万国委員会の権内に在るものとす

これをもとにして度量衡についての法律が制定されました。単位を定義した初めての法令です。

度量衡法明治24年3月23日法律第3号)
第1条 度量は尺、衡は貫を以て基本とす
 
第2条 度量衡の原器は白金、「イリヂウム」合金製の棒及分銅とす其の棒の面に記したる標線間の摂氏〇、一五度に於ける長さ三十三分の十を尺とし分銅の質量四分の十五を貫とす
 
第6条 度量衡の原器は農商務大臣之を保管す
農商務大臣は度量衡の原器に依り副原器二組を製作せしめ原器の代用に供す
副原器の一組は農商務大臣之を保管し他の一組は文部大臣之を保管す
 
第7条 農商務大臣は副原器に依り地方原器を製作せしむへし
地方原器は地方長官之を保管し度量衡器検定の標準に供するものとす
 
附則
第22条 明治八年太政官第百三十五号達度量衡取締条例並検査規則同九年第十七号布告度量衡改定規則及西洋形権衡に係る従来の法令は本法施行の日より之を廃止す但し度量衡取締条例附属検査規則は前条の場合に限り明治三十二年十二月三十一日まて其の効力を有す

メートル条約に加入してメートル原器・キログラム原器を模造しているにもかかわらず、この時点ではまだ度量衡制を基本としました。とはいうものの、法2条の「白金、「イリヂウム」合金製の棒及分銅」というのは、国際原器から複製した原器を指し、この単位を度量衡に変換して一般に使用していました。
副原器二組の保管先は不明ですが、文部省管轄の原器は東京帝国大学に保管されていたようです。
その後、明治42年には度量衡法が全面改正されますが、単位の定義や原器に関する規定はほぼ旧法のままです。

度量衡法明治42年3月6日法律第4号)
第1条 度量は尺、衡は貫を以て基本とす
 
第2条 度量衡の原器は白金、「イリヂウム」合金製の棒及分銅とす其の棒の面に記したる標線間の摂氏〇、一五度に於ける長さ三十三分の十を尺とし分銅の質量四分の十五を貫とす
 
第5条 度量衡の原器は農商務大臣之を保管す
農商務大臣は度量衡の原器に依り製作したる副原器二組を以て原器に代用す
副原器の一組は農商務大臣之を保管し他の一組は文部大臣之を保管す

 
いっぽう、電気に関する取引についても公正を図る必要があるために、明治43年に電気測定法が制定されました。

電気測定法明治43年3月25日法律第26号)
第1条 電気の測定に於ては電気抵抗は「オーム」、電流は「アムペア」、電圧は「ヴォルト」、電力は「ワット」を以て単位とす
 
第2条 「オーム」は氷の融解温度に於て質量一四、四五二一「グラム」長さ一〇六、三〇〇「センチメートル」にして均一なる切断面積を有する水銀柱の不変電流に対する電気抵抗を謂ふ
 
第3条 「アムペア」は硝酸銀の水溶液を通過し毎秒〇、〇〇一一一八〇〇「グラム」の銀を分離する不変電流を謂ふ
 
第4条 「ヴォルト」は一「オーム」の電気抵抗を有する導体に一「アムペア」の不変電流を発生せしむる為要する不変電圧を謂ふ
 
第5条 「ワット」は一「ヴォルト」の電圧に於て一「アムペア」の不変電流に依り毎秒費さるる電気勢力を以て表示する電力を謂ふ
 
第6条 本法に依る電気単位は主務官庁に保管する標準器に依り之を現示す
 
第11条 電気単位の倍数及分数の名称、不変電流以外の場合に於ける電流電圧及電力の計算方法並第一条に掲けたる以外の電気単位は命令の定むる所に依る

不変電流(=直流)は法律で定義して、交流は命令で定義するという方法を採用しています。ところでここでは最初に抵抗を定義していますが、電流の定義から独立していますから、当時の抵抗は組立単位ではないことになるのでしょうか。それはともかく、抵抗の定義で水銀を基準としたり、電流の定義で硝酸銀の電解析出を基準とする方法は、明治41年にロンドンで開かれた万国電気単位会議によるものです。逓信省の説明でも、「万国会議で決定された文言をそのまま翻訳して条文にした」としています。
なお、第6条の「標準器」とは、電流そのものではなく、電流を計測する器械です。

第26回帝国議会衆議院 電気測定法案委員会議録第2回明治43年2月16日)
○政府委員(仲小路廉君) 此標準器は第一標準器として電気抵抗単位の標準器は、水銀柱それから電流単位の分は銀の分解器で、第二標準器としては抵抗単位を見るために、金属線標準抵抗器、電圧単位を見るために「ウエストン」標準電池を用ゆる見込で、是が標準器でありますが、是が標準器の所謂見本となるべきものは、逓信省に既に万国会議の結果として一通り参って居ります。

質量と電流についての定義や原器の扱いについては、大正時代までしばらくこれらの規定のままでした。ここまでをざっとみてみると、単位の定義については国際基準を受容して、原器(標準器)も国際原器の複製を使用している点、そして、古来の度量衡制とメートル法を併用する一方で、伝統がなかった電気単位については国際基準をそのまま受容している点がうかがえます。