年末年始の紅茶(1)

つまらない報告等(大学の授業など)に付き合わされるときには、レジュメに落書きをする人がいます。私の場合(ごくたまに、ですよ)地図を書くことが多く、報告のつまらなさと地図上に仕上がる都市規模が対応しています。「今日はなかなかのメガロポリスだ」とか「もはや世界の首都と呼んでもいいくらいだ」とか、そういうことになるんですね。
しかし大都市を描いてしまうと、当然落書きがバレてしまうので、そのうち物語重視になります。そうなると、簡単な住宅街でもいいですからね。
自分が小学生になったつもりで、「自宅」と「小学校」を何度もペン先で往復しながら、この角には公園があってキャッチボール、この家は友人の家、今日は彼とケンカしたからその家の前は通らずに帰宅しよう、みたいに、ぼんやり想像するわけです。そうするうちに中学校に進学すると、自宅からは反対方向なので「小学校」には近づかなくなり、また、小学校時代の友人ともなんとなく疎遠になりました。どうも小学校時代の友人とダラダラと付き合っていると幼くみえるような気がして、なんとなくイヤな感じがするのと、中学校と同じ方向に「駅」があるので駅前の商店街によく遊びに行くようになったという理由があります。高校も中学校と同じ方向で、部活帰りに駅前の食堂でみんなで定食を食べたりして過ごしていました。そうしたある冬の休みの日に、軽い気持ちで、かつて通った「小学校」のほうを歩いて(ペン先で地図をなぞって)みると、あの頃(つい15分くらい前)の気持ちがふっとよみがえって、なんともいえず懐かしい感じで胸がいっぱいになりました。ああ、小さい頃はこの橋の下を秘密基地とかって呼んでいたんだな〜、って。このレジュメの端には、私の(ではないですが)少年時代が詰まっているんだな、と思うと、ついうるっとなってしまいます。
まあ、そうやって過ごしていると、つまらない報告*1も少しはマシになるのです。

*1:つまらない報告というのは、報告者の問題だけでなく、指導教官が全く役目を果たしていないという場合もあります。