経路特定のルーツ

デスクトップ鉄の雑記帳さま(id:desktoptetsu)のサイトに、経路特定制度の記事があります。これについて、少し気になっていたので私も調べてみました。
 
出発駅から到着駅までの間に複数の経路がある場合は、あらかじめ切符に記載された経路で乗車するのが原則です。つまり、実際に乗車する経路の運賃を支払うことになります。ですから、大回りをするときには、そのぶん割高になります。
しかし、JRの経路特定制度は、この場合に、短いほうの経路の運賃で長い経路を走行する列車に乗車できるものです。たとえば、岩国〜櫛ヶ浜間は、実際には山陽本線を経由して乗車したとしても、岩徳線まわりの経路で運賃を計算することになります。
 
さて、このような制度はいつごろ始まったものでしょうか。
よく言われるのが、常磐線東北本線の経路特定、つまり東京方面から仙台以遠へ向かうのに、実際には常磐線を利用したとしても東北本線経由で運賃計算する、という制度がルーツだというものです。
こうなると、国鉄・官鉄の制度ではなく私鉄(日本鉄道)の制度を調べてみる必要があります(というわけで、デスクトップ鉄さんの分析対象からは外れるのかもしれません)。
 
経路特定の制度が設定されるためには、当然ですが複数の経路で乗車できるような路線が開通している必要があります。しかし明治期には、それほど鉄道網が発達していたわけではありません。鉄道国有法施行以前の官鉄では、このような制度が成り立つほどの路線が開通していたわけではなく、実際に明治20年代の資料では、旅客・貨物運賃計算の特例のなかに、経路特定のようなものはありませんでした。
一方、日本鉄道については、明治36年発行の日本鉄道株式会社例規彙纂をみてみると、旅客規則で

第19条 二途以上ノ線路
乗車区間に二途以上ノ線路アル場合ニハ近距離線ニ由リ乗車券ヲ発売スヘシ但シ故ラニ遠距離線ノ乗車ヲ求ムル者アルトキハ該区間ニ対スル運賃ヲ取立テ補充乗車券(常備券アルトキハ常備券)ヲ発売シ券面ニ何駅廻リ若ハ何線廻リト記入スヘシ
【日本鉄道株式会社例規彙纂393ページ】

としています。つまり、実際の乗車区間で運賃を計算することになっていました。
また明治31年9月16日「会計課」伺では

上野岩沼間切手面外ノ線ヲ迂回シタル場合不足賃区分計算ノ件
弊社「磐城線」全線開通ニ付テハ岩沼以北ヨリ上野其他ヘ若クハ上野其他ヨリ岩沼以北ヘノ切手買求メノ乗容ニシテ本人ノ都合ニヨリ切手面外ノ線ヲ迂回シタル為メ不足賃ヲ取立タル場合ニ其運賃区分法ハ最初発売ノ切手ニ対スル運賃ハ其切手面ニ拠リ区分シ不足賃ハ其迂回シタル区線ニ分担計算仕候間此段上申仕候也
【同798ページ】

としており、常磐線の特例がなかったことがわかります。
 
ところが、明治36年5月2日営業部長届では、

山手線各駅相互間発著ニ係ル旅客及山手線各駅ト他線各駅トノ相互間発著ニ係ル旅客ノ乗車取扱方ニ関シ左記ノ通リ相定候間此段御届仕候也
一 近距離ノ乗車券ヲ以テ遠距離線ヲ迂回シ券面著駅ニ下車シタルトキハ不足賃追徴ニ及ハス
【同417ページ】

としています。つまり、山手線から田端経由で赤羽方面に向かう際には、実際の乗車区間ではなく近距離の運賃で計算するとしたようです。
このあたりが、経路特定のルーツなのでしょうか。なお、この扱いは、優等車に乗車した場合には適用されませんでした。